オオタユウジってどんなひと?(プロフィール・1万字)

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しっかり書いてみます!

オオタユウジのプロフィール。

誕生日は1991年2月14日。バレンタインデーです。体よくチョコをプレゼントにされがちな素敵な日ですこんちくしょう。

和歌山県田辺市上秋津という田舎で生まれました。周りを見渡せど見渡せど山。

車で20分ほど移動すれば、白浜や南紀白浜アドベンチャーワールドといった和歌山県随一の観光スポットが並ぶ緑豊かな田舎町です。最近出来た施設といえば、秋津野ガルテンが有名ではないでしょうか。

近すぎて実はまだ行ったことがない秋津野ガルテンですが、元は小学校だった学舎を宿泊施設に改装したグリーンツーリズム施設です。

グリーンツーリズムとは、農山漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動です。欧州では、農村に滞在しバカンスを過ごすという余暇の過ごし方が普及しています。

出典:「グリーン・ツーリズム」とは(農林水産省)

地域の野菜が使われたスローフードレストランでの食事や校舎での宿泊、農業やお菓子づくりも体験できるらしいですよ。ブログ開始を口実に、春夏頃に訪れてみようと計画中です。ガルテンの話はまた後日。

幼少期は、父方の実家のある大阪府大阪市平野区で育ちました。おもちゃのギターを振り回し、押し入れの扉にヘッドバンキングしてたそうです。どこのハードロッカーやねん。

この頃は音楽というよりも、おじいちゃんの影響でゲームボーイとスーパーファミコンにのめり込む毎日だった記憶があります。急にドラクエとファイナルファンタジー買ってくるんだもんな。ぼくの新しいもの好きな性格はここがルーツかも。

来る日もくる日もとひたすらゲームをやり続ける日々。よく両親に怒られてました。小学校〜中学校時代までは、ほぼゲームしかやってなかったんじゃないかな。特に初代ポケモン〜ポケモンクリスタル、ドラクエ1〜6、FF5〜6、スーパーマリオRPGあたりは超やりこみました。どこまで初期レベルから育てないでクリアしきるかみたいな、いわゆる低レベルクリアにハマっていた時期もありました。

当時から実況動画でもやっていれば、今頃Youtuberにでもなっていたんでしょうか。今ではほとんどやることがなくなったのですが、RPGが大好きです。

中学時代、ELLEGARDENに出会う。

そんな四六時中ゲームをやっていた廃人オオタユウジくんは、小学校卒業とともに父親の転勤で和歌山に引っ越します。大阪を離れ、誰もぼくを知る人のいない土地の中学校にいきなり入学を果たします。転校生ではなく、周りと変わらない新入生として。インパクトが無さ過ぎて、周りからするとコイツ誰だ…?状態。

当時のぼくには、初対面の人に話しかける勇気が全然なかった。少しやんちゃなグループからは、消しゴムをぶつけられたり、タオルで首を絞められたりしたこともありました。いわゆるいじめです。なにくそと無反応を貫いていたら、すぐに収まりましたが、理不尽さが辛かったですね。

なかなか新しい環境に馴染めずにいた頃、好きな音楽を聴くことがぼくの心の支えになっていました。

その頃聴いていたアーティストはというと、

  • スピッツ
  • サザンオールスターズ
  • TUBE
  • B’z
  • ZARD
  • day after tomorrow
  • Do As Infinity
  • L’Arc~en~Ciel
  • TOKIO
  • レミオロメン
  • ゴスペラーズ

J-ROCKに目覚めつつある感満載のラインナップです。

当時はMD(ミニディスク)、カセットテープなどで音楽を聴いていました。懐かしい…!母親の影響でスピッツ、ZARDを、父親の影響でサザンオールスターズ、TUBE、B’zをよく聴いていたもので、昔の曲ほど魂が揺さぶられます。

とはいえ、そこは健全なミーハー男子でしたので、王道のJ-POPもよく聴いてました。I WISH(川嶋あい)の「明日への扉」がめっちゃ流行ってましたね。声変わり前だったので、原曲キーでよく練習してました。

そんなハイトーンボイスオオタユウジくんは中学2年生のときに、深夜の音楽紹介番組で伝説のパンクロックバンド「ELLEGARDEN(以下、エルレ)」に出会います。AM2:00〜3:00ぐらいにやってるようなインディーズバンドがひしめき合ってる系のやつね。「Missing」が流れてたなあ。間違って少し失ってさまよっては君に出会って笑ったこと思い出すやつ。

エルレとの出会いをきっかけに、ぼくの音楽的嗜好がぐっとロック寄りになっていきます。すっかりパンクやロックの虜になりました。「な、なんじゃこりゃあああああ!」です。

邦楽だと、

  • ELLEGARDEN
  • ASIAN KUNG-FU GENERATION
  • ACIDMAN
  • 10-FEET
  • THE BACK HORN
  • BEAT CRUSADERS
  • BUMP OF CHICKEN
  • BIGMAMA
  • DOPING PANDA
  • HAWAIIAN6
  • LAST ALLIANCE
  • locofrank
  • UNLIMITS
  • 音速ライン
  • ロードオブメジャー
  • 椿屋四重奏
  • 藍坊主
  • 9mm Parabellum Bullet
  • 吉井ロビンソン(吉井和哉)

洋楽だと、

  • SUM41
  • Hoobastank
  • Yellowcard
  • Fall Out Boy
  • Lostprophets
  • OFFSPRING
  • All Time Low
  • My Chemical Romance

こうやって並べてみると、青春を構成していたものがよく分かりますね。未だに聴いてるアーティストもいることには驚きました。色褪せない音楽って大事。

例えばBUMP OF CHICKENだと、当時大流行していたFLASH動画の「ラフメイカー」から入った勢です。アスキーアート(通称:AA)なんかもちょうど流行っていました。

少し話は逸れますが、当時は2ちゃんねる(現5ちゃんねる)やチャットルーム、前略プロフィール、日記サイトなどが流行っていて、インターネットが急速に普及しつつあった時代でした。

VIP先生。

ヒョギフ大統領の貴重な産卵シーン。

ピンときたあなたとは、仲良くなれそうな気がします。どうぞコメントください。

高校2年で初めてのエレキギター。サブカルへの目覚め。

インターネットにどっぷり浸かってからというもの、サブカルチャー好きの友達と一緒に過ごすことが多くなっていきました。それは高校進学後でも変わらず、音楽の面でも友達の影響を受け、脱線しまくっていきました。

ビジュアル系:

  • Janne Da Arc
  • Acid Black Cherry

アニソン系:

  • ALI PROJECT
  • DEEN
  • GRANRODEO
  • KOTOKO
  • Sound Horizon
  • 下川みくに
  • 坂本真綾
  • 水樹奈々
  • 川田まみ
  • 平野綾

流行りの音楽系:

  • EXILE
  • 福山雅治
  • アンダーグラフ
  • チャットモンチー
  • レミオロメン
  • ポルノグラフィティ ほか

アニソン多いな…w 日本のサブカルチャー的なものに面白みを感じ始めたのが、まさに高校生の頃でしたね。この頃からアニメにもやたらハマっていました。「涼宮ハルヒの憂鬱」とか「灼眼のシャナ」「交響詩篇エウレカセブン」「フルメタル・パニック」「ハチミツとクローバー」などなど。オタクがまだ市民権を得ていなかった時代だったので、表向きは流行りの歌を仕入れてました。もちろんロックは変わらず好きでしたし。

高校2年生になったとき、突然友達から「バンドやろうぜ!」と誘われて、半ば衝動的に始めたのがエレキギターでした。中学・高校とバリバリの帰宅部だったので、初期衝動が溜まりにたまってたんでしょうね。ちなみに、エレキギターを選んだ理由は「モテそう」。いかにも高2らしい単細胞っぷりです。

貯めていたお年玉を使って、ネットショッピングで1万円ぐらいの「FERNANDESのエレキギター初心者セット」を購入。カラーは白のボディに黒のピックガードでした。

ギターを始めた頃は、自分の新しい挑戦にワクワクしていました。が、ワクワクしていたのも束の間。初心者なら誰もがぶつかるであろう「Fコード」の壁が立ちはだかります。

これです。この人差し指がぐわーんってなってるやつです。

指は痛いわ音は鳴らんわで、元々練習嫌いだったぼくはすぐに諦めました。そしてパワーコードの世界に逃げ込みました。大好きなエルレの楽曲には、幸いにもパワーコードが多用されており、エルレが弾けるだけで満足でした。

コードの構成やボイシングなどまるで理解しないまま、自分の弾けるフレーズとパワーコードのみに頼りながら、高3の秋には文化祭ライブ、冬には卒業ライブに出演します。でもギターが下手すぎて学園祭はボーカルのみ、卒業ライブはバッキングとコーラスのみ。18歳帰宅部の貴重な青春でした。

他にも高校時代は、戦略的に学内の評定と先生からの信頼を獲得するために、とにかく3つのことに注力していました。入学当初は国公立大学を目指して勉強に燃えていましたが、そこまでして国公立大学に行きたい理由が見出せず、学校の指定校推薦を活用しようと動いていました。

  1. 学内活動
    └文化祭の脚本、演出
    └文化祭実行委員会
    └生徒会執行役員(副会長)
  2. 課外活動
    └学外でのボランティア活動(年間80時間以上)
  3. 勉強
    └特に現代国語と日本史、英語が好きでした(数学はめちゃんこ苦手でした)

など、高校デビューと言わんばかりに色んなことに挑戦しました。異性と話す機会も増え、女の子と話すことにも慣れていきました。ちょうどこの頃に自分で手を挙げれば、いくらでもチャンスが掴めることを学びました。ですが残念なことに「モテる」のモの字もないまま、大学時代に突入します。そうです。18歳帰宅部童貞です。

大学生活はすべてアカペラに捧げ、ギター少年は死んだ。

評定平均4.9(MAXが5)で無事、指定校推薦制度を使って関西大学商学部(以下、関大)に進学します。楽商学部(楽勝学部)などと揶揄されがちな学部ですが、ぼくの母校から関西大学に行く学生なんて、全生徒の中で1〜2人いればいいぐらいでした。もちろん、関大以上の大学に行く子も同じぐらいの割合でしたが、ほとんどは今でいう「Fラン」大学に行ってましたね。なんだかんだ言って、勉強は大事ですよ。

大阪での一人暮らしも同時に始まったわけですが、一応一緒に連れてきていたギターももう弾くことはないだろうと手放します。今思うとこのとき手放さずに練習を続けていれば、もっと上手くなれてたんだろうなあ。

関大では、当時初めて出来た彼女に連れられて見学したアカペラサークルに一目惚れ。いや、一聴き惚れか。歌が上手くてめちゃくちゃカッコいい先輩が居たんですよね。この瞬間、ぼくの中のギター少年は一度死にます。

関西大学アカペラサークルBrooklyn304に即入会しました。「時代はアカペラや!!」です。

とはいえ楽譜は読めないし、音符さえ上手く追えない。ギターはTAB譜だけしか見てこなかったので完全に素人でした…。

それでもアカペラサークルに入ってからは、

  • 4年間で50曲以上のアレンジ作成。オリジナルも3曲作成。
  • 4年間で組んだバンドは20以上。来る日もくる日もアカペラ三昧。
  • 色んなジャンルの音楽に触れて、楽曲づくりの引き出しが増える。
  • 独学ではじめたけど、後輩に向けて楽譜アレンジ講座を開講。
  • 噂ではどうやらモテていたらしい。

逆にど素人なのが良かったですね。ギターの経験から勉強し直そうと思えたし、何より好きなことなのでモチベーションが尽きませんでした。また、今まではJ-POPかJ-ROCK、アニソンぐらいしか聴いてこなかったぼくにとって、刺激だらけの環境でもありました。R&B、ファンク、ヒップホップ、ジャズ、ヒーリング、プロアカペラカバーetc…とにかく楽しかった。アレンジやカバーのために耳コピしまくってました。楽譜づくりも全く分からないなりに4年間続けてきて、サークル史上初の楽譜アレンジ講座もしてました。4年間で作った楽譜たちは、後輩のためにほとんどサークルに寄付しました。後輩たちがより楽しんでアカペラが出来るように貢献すること、自分の活動が資産として残ることは感慨深いものがありました。さすがに専門学校や音大で学んでる人には、知識面では余裕で負けてると思いますが、誰よりも楽しんで音楽作ってましたね。

あと、結構モテてたらしい。ここめっちゃ大事です。でもぼくの耳に届かなかったのはなんで。つらい。

サークルの卒業ライブや追い出しコンパ、卒業式後の集まりで「めっちゃ好きでした」とか「入会したときからめっちゃタイプでした」みたいなことを後輩から言われる展開。なんでやねん。初めて出来た彼女と4年間一途に付き合っていたからですか。大学卒業と同時に別れたよこんちくしょう。

和歌山の社会福祉法人に就職。

当時は12月広報解禁、4月選考開始のスケジュールでした。アカペラに熱中しすぎて現実に目を背け続け、5〜6月から始めた就職活動は全く上手く行きませんでした…!自分の生活に身近な有名企業数社になんとなくエントリーして、抜き打ちESやSPI・筆記試験、集団面接で落ちにおちまくる。持ち駒がなくなったら、なんとなく補充してまた落ちまくる。企業選びに自分の価値観の軸なんてない、典型的な未内定学生の就活でした。

そもそも「働きたくねー」と思ってたぐらいの学生でしたからね。

最初なんて、なんかテレビとか報道とか面白そう!という感じで新聞社やテレビ制作会社を受けてました。もちろん一次面接で落ちました。記念受験ですね。一番良いところまでいったのは、積水化学工業の四次面接。アカペラ歌わされましたw住宅系のベンチャー企業も受けていましたが、残業で死ぬと思って途中で辞退しました。8〜9月時点で20社近く落ちてましたね。

社会人への通過儀礼として就活をしてきた人には、共感していただける部分もあると思いますが、落ちれば落ちるほど自分の人格を否定されている気になってくるんですよね。「お前は社会の役に立たない」と間接的に言われてるような錯覚に陥るんです。単純にその企業に合っていなかっただけか、自分のことを上手く伝えられていなかっただけなんですけどね。

とにかく疲れてしまって、就活から身を置くこと約2ヶ月。12月には重い腰をあげます。約8ヶ月続けてきた就職活動に終止符を打つべく、地元和歌山へ。飲食店か工場か、保険屋か介護か、ぐらいの選択肢しかなかったのですが「介護は必ず成長していく産業。将来の役に立たないわけがない。」と覚悟を決め、社会福祉法人に入社します。大学卒業と同時に地元にUターン。大阪一人暮らし22歳男性は、和歌山実家暮らし22歳男性にクラスチェンジします。

介護のかの字も知らなかったぼくにとって、社会福祉法人は新鮮な環境でした。しかしここは和歌山。地方です。周りは高卒で就職していることが普通で、逆に大卒が珍しい目で見られました。「関大を卒業して介護ってすごいね」と当時の職場の人から言われたもんですが、何がすごかったのかは今でも理解できません。学歴って仕事に関係ある?

介護士として新卒入社してからは、しばらく音楽とは無縁の日々が続きます。音楽は趣味にしかできなくて、大学を卒業したら、適当に働いて適当に暮らしていくものだと信じて疑わなかったから。

シンガーソングライターとして活動を開始。

この夢だけは、どうしても諦められませんでした。介護士として働き始めて1年ぐらいが経過した頃、「自分の人生はこのままでいいんだろうか?」という疑問がふと浮かび上がります。実家暮らしで何不自由なく生活させてもらってましたが、「惰性で20代を過ごしていいんだろうか?」「自分のやりたいことって何だったっけ?」と考え始めるようになりました。

真っ先に頭をよぎったのは、やはり「音楽」でした。思い立ったぼくは、介護士と二足のわらじでシンガーソングライター「オオタユウジ」を名乗り始めます。23歳のことでした。

相棒はギターに決めました。一度は手放しましたが思い出の楽器でしたし、今の気持ちなら続けられる確信がありました。何より分かりやすくカッコいい。これでわいはモテるんや…!

社会人2年目、なけなしの貯金をはたいて買った楽器は2本。

  • HISTORY SHSV-M(エレキギター)
  • YAMAHA THE FG(アコースティックギター)

それぞれ17〜20万円ぐらいですね。生活に支障が出ないギリギリのラインで買える本気の2本を選んで、自分の夢から逃げないようにしました。自己投資です。

しかし!18歳でギターを手放して以来何もしてこなかったので、清々しいほど下手でした!兎にも角にも練習です。幸いにも、社会福祉法人は残業禁止で17時半〜18時までには帰っていたので、大好きなアニメを定期的に挟みながら練習の時間は確保できました。

元々極度の練習嫌いのぼくにとって、いかに楽しみながら長く続けられるか?ということがめちゃくちゃ大事でした。当時は3つのことを意識していました。

  1. 毎日無理やり続けようとしない。
  2. ただし、1日5分だけでも触る。
  3. テレビやアニメを見ながら練習

ぼくの場合「続ける・習慣化する」ということが一番大事だったので、上達のスピードは一旦度外視してました。もちろん、上手くなるスピードは早ければ早い方が良いんですが、自分のペースや性格に合っていない無茶な目標を立てちゃうと、そこで挫折するんですよね。

とはいえ、一定の負荷は必要です。習慣化した後は「上手くなること」にゆっくり目を向けていく。練習を重ねていくにつれて、評価してもらう場が必要だと考えました。めっちゃ怖いけど上達の近道は露出だ!と気付いていたんです。

ということで、2015年5月にYoutubeを始めます。初めてアップした動画がこちら。

荒々しいギターストロークです!歌も勢いがすごいですね!(笑)

今と全然弾き方も歌い方も違う…。基本的に活動はSNS上だけで、成長記録としてアップしていくというスタンスが強かったですね。まだInstagramと出会っていない頃のぼくです。

本当にスロースターターではありますが、ゆっくりと、でも歩みは止めることなく着実に活動していました。現在、Youtubeの更新はストップしてしまっていますが、今後はフルカバー動画だけでなく、ぼくの生態とともにライブ活動やレコーディング風景なども配信していくつもりです。

ぼくのYoutubeチャンネルはこちら。ぜひチャンネル登録してくださいませ。

大阪や近畿のライブやイベントあったらマジで呼んでください…!車かっ飛ばしていきます。

某就職情報会社に転職。新卒の就職支援に携わる。

音楽活動もそこそこに、新しい刺激を手に入れたぼくは、2年9ヶ月勤めた社会福祉法人を退職する決意をします。

最終的には音楽で食べていきたい。何も考えずに甘々な理想を描いていましたが、結局「どうやってお金を稼げばいいんだろう?」「本当にシンガーソングライターだけのキャリアでいいのか?」という疑問と不安は、頭を離れませんでした。

初めての職業が介護士だったこともあり、いわゆる社会人としてのビジネスマナーや振る舞い方に極端に疎かったんですよね。自分の夢を追いかけながら、それをビジネスにしていくためのスタンスを身につけたいと思うようになります。

両親にも相談したとき「やっぱりそうやと思ってた」と言われました。エスパーか………!それと同時に「自分がやりたいと思うほうに、やりたいだけやってみればええんちゃう?簡単じゃないと思うけど」と言ってくれたのは、本当に嬉しかったですね。最後の一言が絶妙なスパイス加減です。

転職先も何も決まっていないままでしたが、すっぱり仕事を辞めました。

その後、充電期間という名の約2ヶ月のニート期間を経て、転職活動を始めます。無職ってどんな気持ちなのかを知りたくて、ちょっとだらだらしてしまいました。結論、圧倒的なスピードで腐っていきます。転職活動は長引くと大学時代の就職活動の二の舞になると思ったので、軸を決めて約2週間で終わらせました。

大学時代の失敗体験や地方の介護業界での経験を活かせるフィールドが良いなと思っていたので、某就職情報会社に即決でした。

再び、生活の拠点を大阪に移します。

会社では、主に大学生の就職活動支援に関わっています。近畿圏の大学で講演(授業やセミナー、ガイダンス)を行ったり、学内外問わず学生の面談や相談対応を実施したりしています。講演を実施するための提案営業活動も、ぼくの仕事の領域です。

大学の講演では、

  • 新卒採用市場の最新の動向とスケジュールについて
  • 何のために就職活動をするのか?自分の進路や就職先を決める上での考え方
  • 就活で失敗しないために最低限おさえておきたい就活ノウハウ
  • 4年間の学生生活を送る上で大切にしたい成長サイクルの観点 など

主に「就職活動」「キャリア」「学生生活」といったテーマで、学生自身が自分の人生の方向性を考えるきっかけづくりをしています。ぼく自身、大学生活はアカペラ一色だったわけで偉そうに言える立場ではないんですが、ぼくの経験談や過去の学生の動向をもとにお伝えしています。

ぼくが講演するときに信念をもって伝えたいことは、決まって必ず一つです。それは「目的をもって行動することの大切さ」です。めちゃくちゃ当たり前のことなんですが、その当たり前が出来ていない人は多い。もちろん、ぼくたち大人であっても。

転職してから今年で3年目に突入しようとしていますが、

  • リスクを取って行動していくことの難しさと楽しさ
  • 自分の目標や宣言に対して、とことんまでやり切るスタンス
  • 満員電車に揺られて通勤
  • ものすごい業務量をさばく(前職にはなかった残業がある)

を経験できています。「満員電車」と「残業」に関しては、なんとなく嫌という気持ちはありましたが、経験を通じて、やっぱり自分にとって圧倒的に嫌なことだと分かったので良かったです。ぼくにとって「音楽やブログなどの多方面にエネルギーを分散できること」や「プライベートの時間が確保できること」が、いかに大事かが分かりました。「リスクを取って行動する」「とことんやり切る」については、元々素質がなかったわけではありませんが、その行動のレベルはかなり引き上げられたように思います。

とりあえず次のステップに向けて、身体を壊さないように働きます。

Instagramでフォロワー1万人突破。

2015年7月からのんびり始めて、本格的に弾き語りを投稿しだしたのは2015年11月。それまではラーメンばっかりあげてました。2015年〜2016年にかけて、年間120杯ぐらいは食べてましたね。実際、2016年9月まではラーメンもあげ続けてましたし。

徐々に弾き語りのみにシフトしていって、地道に投稿を続けていった結果、2017年12月にフォロワー数1万人突破しました(2018年3月現在は9800人〜)。ここまで約2年。地道だけど為せば成る。ストーリー載せたら1時間で20人ぐらい減って面白かったです。大事なのは数ではなく、どのくらい濃いファンになってもらうか。

基本はギター1本で弾き語り。たま〜に自分の声だけで多重録音アカペラ。ライブ配信もやってます。ぜひフォローしてください!そしてライブのお誘いや仕事をください!

8,644 Followers, 253 Following, 81 Posts - See Instagram photos and videos from オオタユウジ / YUJI OTA(yu40ta) (@yu40ta)

Instagramでのフォロワーの増やし方については、後々記事を書きたいと思います。

これから。

転職した頃は「音楽だけで食っていける人間になる」と息巻いてましたが、現在は肩書きや1つのキャリアにこだわった生き方はそこまで強く望んでいません。その大前提として「自分の暮らしを豊かにする」というテーマがあるので、夢も決して諦めずに本気で行動し続けていきます。

今考えているプランは、

  • シンガーソングライター業
  • 講演業
  • ブログ
  • 投資

あたりですね。自分をレアカード化して、複数の収入源を作りにいきます。

また、今後のライフイベントは

  • 結婚
  • 転職
  • 子育て

家族との時間をめっちゃ大事にしていきたいので、ここありきで人生設計をしていきます。残業とかマジでセンスない。人生楽しむぞー!

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